本日、昨年の12月から夜間パート看護師として働かせてもらった、筑波学園病院を卒業しました。
18時~22時という時間の中で、なにか役立てればと思いながら仕事をしていました。実際は、ICUという特殊な病棟にいたので、忙しいときと暇なときの差があり慣れるまでに時間がかかりました。
役立つことができたかどうかは、疑問であるが、私がいることで少しでも患者の事故やスタッフの仕事が減少すればと思っていました。
看護部長さんは本当にいい人で、あまり話す機会には恵まれなかったですが、私の印象では実績よりは人間性をみて判断される上司だと感じました。心いきと優しさにあふれていました。
ICUの師長さんには本当にお世話と心配をかけてしまいました。元々農家で学生という条件で働かしてもらったので、ある程度は自由に休日がもらえました。農繁期に長期休暇を頂いたり、家族の事情で休ませて頂いたりと迷惑をかけました。個人面談では、看護のこともですが、これから自分は農業者としてやっていけるのか、という不安面を聞いてもらい、励ましてもらえたことを忘れません。
主任さん二人にも大変お世話になりました。実家が農家という同じ境遇で看護師の免許をもっていた主任さん。酒を飲み交わす機会は一度しかありませんでしたが、看護師を続ける勇気は本当に素晴らしいと思っています。どちらかというと私は農業に逃げてしまったので・・・。看護師時代は管理職になるのが夢でもあったので、羨ましくもありました。悩みが似ている部分も多く、もっと深く話しあいたいことも多かったです。もう一人の主任さんは、とっても美人な、お母さん看護師でした。印象としては、とにかく美しい・・・って感じでした。一緒に仕事をしていて、暇なときは農業の熱い思いを聞いてもらい、主婦の目線からアドバイスをもらうこともありました。正社員として働いていたら、指導されながらも必死に主任さんにくらいついていったと思います。
~ ICUのみんなからもらった寄せ書き。みなさん本当にありがとうございました(涙) ~
そして、私の指導係と相談係をしてもらった看護師さん。少し年上でお姉さん肌の看護師さんでした。気性が激しく、正義感が強い、どこか幸せを追い求めている女性的な部分が魅力的な方でした。なんというか、物凄く話しやすい人でした。1年も一緒にいなかったですが、3年ぐらい前から知っている人のような感覚で、仕事や農業や恋愛や将来の話をしていました。お酒がとっても好きで、プリセプターの為にオリジナルの梅酒を作りたいと思いました。病院では涙を流さないと決めていましたが、お別れのときは悲しかったです。写真を一緒に撮ったので京都に持って帰りたいと思います。何年か後に会った時、若かりし頃を語りながら梅酒を交せればステキだなと思っています。
ICUスタッフの方々にも本当に感謝します。男性陣のスタッフが3名。兄貴肌の2人には、いつも明るく声をかけてもらい、心強かったです。もう一人の新人看護師さんとは、常にくだらない話をして盛り上がっており、正直駄目な先輩っぷりをみせていました。ICUでの看護は難しい面も多いですが、基本的には患者を思う気持ちがあれば乗り切れると思うので、頑張って看護師を続けてほしいと願っています。
女性陣スタッフには、個性的な人たちが多く、忙しくても毎日が非常に楽しかったです。初めてアニメネタについて話ができる女性と出会い、アニメの話ができるのが楽しくて仕方なかったです。メガネの種類をたくさん持っている先輩は、西洋のお人形さんみたいに愛らしく、でも厳しかったので一番指導されてたかも・・・。先輩はやさしさにあふれた看護師さんが多く、そして、時折みせる可愛らしさが、とても楽しかったです。後輩は、おチビちゃんが一人いたんですが、好奇心旺盛で話が好きで面白い看護師でした。他病棟から移動してきた看護師さんとも仲良くなり、年上なんだけど同い年感覚で話をきいてもらい、いい子だなぁ~って思っていました。
看護部以外では、臨床工学部との付き合いが多く、富士山登頂やスキー、バーベキュー、餅つき等のイベントに参加させてもらいました。茨城県での思い出が一層深まりました。
患者さんでも忘れられない人がいます。個人情報なので特定できるものは書けないですが、いつも私の前で病気と闘っていた人がいました。ゆっくりですが、徐々に回復しており、自分で呼吸し、食事ができるようになり、今では数メートル歩くことも可能です。夜間のパートでしたが、ゆっくりと自立していく患者さんをみること、看護記録を読むことがとても好きでしたし、楽しみでもありました。病気で生きているのも辛い状況から回復することは、自分には体験したことのない苦痛だと思います。だからこそ、患者さんには勇気をもらえるし、少しでも苦痛を和らげたり、思いを聞ければと思っていました。退院できるかはわかりませんが、ICUのスタッフに見守られている限り、患者は頑張れると思います。やっぱ看護師って最高の職業だと思ってしまいます。
書き始めたらきりがなくなるので、このへんにします。最後にみなさんから頂いた寄せ書きは、私の一生の宝物にします。京都に帰っても筑波学園病院でお世話になった人たちの事を忘れず、くじけないように農業をしていきたいと思います。

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