あえて、本人たちの写真はアップしない、どうせ後から個人情報の事などを騒ぐ奴らなので、僕には2人の友と1人の先生がいる。10ヶ月ぶりに電話で話をしたので懐かしくなって色々と思いだした。
友の名は、田淵弘晃と村西淳だ。二人との出会いは、洛和会京都看護学校の入学式で一緒になり、僕が農業者大学校に入学するまでの6年間を共に過ごした。
まぁどおしょうもなくくだらない二人だが、3人でなんとか頑張って看護師の国家試験に合格した。補足をすると、看護学生の頃は、鴨田崇さんという先輩も一緒になって勉強を頑張った。
田淵ちゃんは、その後、一人でコソピンをして大学に入学し保険師の資格も獲得している。僕にとっては、ドラえもんみたいな存在で、人生のピンチを何度も救ってもらっている。山科でチンピラにからまれた時も中国でピンチになったときも、彼の秘密道具によってなんとか生き延びてこられたといっても過言ではない。
淳は、看護学生時代は、先輩の送別会(新年会やったかも)という大切な飲み会前に、三条京阪の階段で転んで顔面に大きなたんこぶを作ったり、昼休みの休憩時間に睡眠をとって午後の授業を寝過ごすといった、間の抜けた人間である。しかしながら、看護師になりたての頃は一緒にインシデントレポートとアクシデントレポートを書き貯めながら成長してきた仲である。
そんな3人組に看護学生時代に薬学を教えてくださったのが、薬剤師の三浦大先生である。当時は主席係長という地位を利用して若い看護師の卵を手に取るように操りっていたが、現在はもう少し偉い身分になっているらしい。三浦先生に薬学を教わっていなければ、もう少しアクシデントレポートの数が減っていたと思われる。
看護師時代はそんな4人組で、よく遊んだ。いい年してボーリングしたり、バーベキューしたり、ねねの湯に行ったりと飲んでは温泉にいって、くだらない話をした。
田淵ちゃんとジュンとは、三重県(津)やイタリア(ローマ)や中国(北京)と世界中を旅して、ことごとく酷い目にあっている。でもそんな旅がものすごく楽しかった。
三重ではカリタス・コミニタス、イタリアではグラシャス、中国ではハオチーとそれぞれの語学を勉強できたし、必ずこれからの人生に役立っていくと思う。
文化祭では僕のわがままに付き合ってくれ、オズの魔法使いを一緒にやってくれた。そのあとビデオを鑑賞したが、後にも先にもあんなに面白い映像にはたぶん出会わないだろう。しかし、とっても感謝している。とてもいい経験値を得ることができた。
そんな僕たちも25歳を過ぎてしまった。それぞれの人生を歩み始めている。そろそろ結婚をする、しょうもない奴も出てくると思うが、結婚式ではコブクロの桜を熱唱したいとおもう。
それぞれの人生はあるが、どうしょうもなくつまらない友と先生と一緒に時間を見つけて新たな旅に出発できればなと思う。次はタイかモンゴルあたりに狙いをさだめている。近いうちに実現してみたい。
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